2006年の第4回「コンピュータの文字はなぜ化ける?―“ゆるい”技術としての文字コードを考える」に参加したかったのですが、教会スケジュール優先のため涙を飲んで断念した思いがあります。
で、何で今回これに参加しようと思ったのか? ある意味、教会絡みでもあります。自分の所属している教団は「日本同盟基督教団」。使用している聖書は「日本聖書刊行会」の新改訳です。あとがきにはこう記されています。
原語にあくまでも忠実であり、最もよみやすく、しかも聖書としての品位を失わない訳文を得ることであった。
この聖書を読んでみれば分かると思いますが、原語に忠実にあろうとして日本語がこなれてません。意訳としての口語訳の方がはるかに日本語にこなれています。まぁ、それはいいとしましょう。読んでいてどうしても我慢ならないのは漢字の問題です。
主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。
(箴言9章10節)
ここで使用されるべき漢字は「恐れ」でなく「畏れ」です。「恐れ」と「畏れ」では全く意味合いが違ってきます。この箇所だけでなく聖書には「畏れ」という字は使われていません。この件に関して以前、牧師に質問したことがあります。牧師から「当用漢字にこの字がないため」という答えをいただいた記憶があります。
当用漢字になければ使用できないのか? ちとググってみたところ使用制限の強制力はないようです。実際、「畏れ」という字は多くの人が目にしていると思います。音が同じでも意味が違えば、その字は使うべきではないと思うのです。
Yahoo!辞書でも恐れは「こわがる気持ち。恐怖。不安。」であり、畏れは「敬い、かしこまる気持ち。畏怖(いふ)・畏敬(いけい)の念」です。あと虞という「よくないことが起こるかもしれないという心配。懸念。」がありました。
当日は常用漢字がメインテーマになりますので、「畏れ」の話は出てこないと思いますが、
今回は,常用漢字表見直しの審議を当初からウォッチしてこられたフリーライターの小形克宏さんに,新しい常用漢字表の基本的な考え方や,現在どんな議論が行われているのか,何が問題となっているのかをお伺いし,参加者の皆さんとともに新しい常用漢字表について考えていきたいと思います。太字部分に大いに期待してます。んで、新名刺を配ってくる予定(もらった人はいらん!と思うけど)。
おもしろいblogを見つけました^^
amiza_retのブログ
カタログe 開発日記 -カタログ制作用DBの開発日記-
Wordでチラシを自動組版は興味深い。DTP業界の選択肢はAdobe以外にもいくらでもあるという強気なユーザー姿勢が必要なのかも知れないと思ったり。

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