まぁ表題どおりです。誰しも
「言われた通りにやればいいんだよ」の言葉を吐かれたことがあると思います(ひょっとして俺だけ?)。
警備の仕事で??の業務に上長に質問した時の答えがこれ。続きがコイツ「隊長の言葉は絶対なのだから従えない時は辞表を提出しろ!」
まぁ確かにあの時の隊長の言葉は誤解を受ける言い方でしたけどね。。。
自分がしぶしぶ従った業務を他の隊員が違うやり方をしたため後日、隊長に確認。はい、アチキの解釈で合っていました。
で、つくづく感じたのが言葉よりも言葉の意図の重要性(言葉の足らん隊長だからね)。
言葉どおりにすると??の業務を遂行しなければならない。
言葉の意図を汲むと??は消滅する。
結局、翻訳能力の問題。DTP・印刷業界にいた時に何度「言われた通りにやればいいんだよ」の言葉を聴かされたことか。
この言葉を吐いた人に言う。その言葉は一見正しいようだが、
実は上司を否定し自分をも否定している。思考を放棄しているからだ。
我思う故に我有相手の意図が理解できないから部下から質問を受けても答えられない。いやむしろ相手を否定しているから理解しようとしないのではないか?(もちろん勉強不足というのもある)。そしてそれは自分の与えられた役割の放棄である。結局、その業務を遂行すると生まれるのはムダばかり。しかしそれをやらんことには指示者の顔をつぶすことになる。
例えばExcel入稿データの直し指示。Excelで直せと言う。印刷物にすることを考えればイラレに変換して直すのが当然。しかしExcelで入稿したからExcelで直すのが当然だと言う。こんな問答を何度繰り返してきたことか。。。ゴールが見えてない。思考を放棄している。結局、疎まれて会社を追われる。もっとも最近はExcelからPDFにすることによって何とかなるのかもしれない。
「誰がそんなこと言ったんだ?」と隊長に訊かれる。
(あのぉ~、誤解を受けるような言い方をしたのはあなたですけど~~)とは言えない。はい、黙秘権を行使しました。
この話はここでお終い。
んで、ここ数日ぼーっと考えていること。
RSSで
コンプライアンス室を作って、分厚いマニュアルを配るだけで、不祥事を防げるなんてあり得ない。倫理観を組織の一人ひとりに植え付けないと。を読んだ。
警備会社として“安全を売る”同社だが、1962年の創業のころは、従業員が警備先で窃盗事件を起こすなど不祥事に悩まされた。
ちとセコムについてググればこの言葉をまともに受ける気などしないのだが、
こんな不祥事起こして、よく会社潰れなかったなぁ~。それどころか会社が伸びた理由は何?営業力なのか? それとも他に何かあるのか? それが知りたい。
ついでに「はてブ」の感想。Tumblrの使い方とかなりダブルけどTumblrよりずっと便利。
もっともそのことはずっと前に分かってたけど、使わなかったのは人に見られたくなかったってこと。羞恥心でずいぶん損してるな、自分。。。
で、「Tumblrまとめ」は今後なくなります。
言の葉があるのだから、言の幹、言の根もあるはず。大事なのは根や幹であって葉は目につくだけ。