2009年11月12日木曜日

イメージと仮説

DTP業界の敬愛する何名かの方に「はてブ」を付けられてから、blogに書き込めなくなりました。
今まで読まれることを意識しないで書き込んでいたのですが、(読まれている)と意識すると何も書くことができなくなってしまいました。
blog設定で検索に引っかからないようにしたものの、既に「はてブ」等に登録されているものは引っかかってしまいます。大体、RSSや検索で見つけた情報のコピペblogですから、人に読まれたくないという性根自体がさもしいのですが。。。まぁ、そんなわけで設定を公開に戻しましたが、DTP業界から追い出されたおじさんのblogなんぞ読んでも何の参考にもなりませんぜ、それでも良ければど~ぞって開き直り。

で、最近考えていること。
冷静に時代と自分を見つめ直すとDTP業界に復帰することは、ほぼ絶望的。
年齢50。致命的なのは手を動かしていないこと。
起業するにもクライアントを探すことから始めなくてはならない。なおかつ家族がいる。
業界としてもパイの縮小が続いている。
趣味としてDTP業界にかかわるしかないなと思い始めている今日この頃。

そんなこんなでblogの内容も変わってくると思います。

で、表題どおりのことをぼんやりと考えてます。
極論すれば世の中は「仮説」で成り立っているのでは?とさえ思えてくるのです。
はじめに仮説ありき。あとは仮説を裏付ける経験則、数値、文献の収集と論理の組み立てです。「仮説 イメージ」で検索していくつか引っかかりました。
要件の99.9%は仮説?~仮説構築力が要件定義の「要」~
「(店舗の)現場に行くことは悪いことではないが、どうして現場を見なければ問題が分からないのか」
「顧客は今無いものについては何も答えられない」
「仮説を立てない人は仕事をする気が無いのと同じ」
「ビジネスの世界で挑戦するとはどういうことか。それは自分で仮説を立て、実行すること」。

第123回 仮説思考
 私の考える仮説思考とは、根源の課題、あるいは、進むべき方向性など、何かしらの結論について、まずはザックリとしたイメージを持つということです。どちらかというとこれは至極右脳的なものと捉えています。

 逆説的に、冒頭で述べた右脳的な仮説思考とは、データを積み上げて論理的にアプローチするということではなく、まず全体像のイメージを持つということで、以下のようなアプローチになります。

 1)全体像のラフイメージを持つ
 2)ラフイメージを担保するロジックを想定する
 3)ロジックを適宜データで検証する

自分はデザイナーではないが、デザインとは仮説の提案のことではないか? いや、むしろ仮説なきものはデザインと呼べないのではないか? 


覚書
CSVをテキストの表に変換する テキストテーブルからダウンロードしてテスト使用。













名前年齢性別住所
吉橋昭勝50狭山市

う~ん、テーブルと前の行がどうしてこんなに空くのかタグを見ただけではよく分からん。
いわゆる勉強不足。もっと楽にblogにテーブルを挿入できる方法を探すか。。。

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